漁場の生物多様性を調べよう
-その評価のための基礎知見と応用-

Web版 Last updated 2020/7/3

はじめに

 漁業は、海洋生態系の一部を利用しており、 漁場環境や生物多様性の影響を大きく受ける産業です。 このため、将来に亘って持続的に漁業生産を確保していくためには、 漁場環境や生物多様性が健全に維持されていくことが不可欠です。

 しかしながら、近年、沿岸域の開発等が漁場環境や生物多様性に負の影響を及ぼしており、 これらに適切に対応しなければ漁業活動が成り立たなくなる可能性が指摘されているところです。 このような状況に対応するためには、多様な海洋生物の共存下での漁業の発展を確保することが必要であり、 漁業の対象となっている海洋生物資源を適切に保存・管理していくことのみならず、藻場・干潟等の保全・再生等を推進し、 生物多様性を維持・向上していくことが重要となっています。

 こうした背景を踏まえ、水産庁では、アマモ場、岩礁帯(藻場を含む)、 砂浜域(干潟を含む)など我が国沿岸の生物多様性に富む海域の漁場環境や生物多様性を維持・向上させる各種の施策に資するため、 漁場環境生物多様性評価指標開発事業( H19-24)および漁場環境生物多様性評価手法実証調査事業(H25-29 )を実施し、 生物多様性評価手法の開発を行いました。

 このパンフレットでは、漁場の生物多様性について、上記事業で開発された評価手法を解説するとともに、それにより得られた知見などをご紹介します。

1. 種を同定する

 生物多様性の調査は、通常、種を同定することから始まります。主に形態の違いから同定する 従来の手法に加えて、遺伝子を用いて同定する簡便な手法が開発されつつあります。

遺伝子を用いた簡便な二枚貝の種の同定

 遺伝子を用いた簡便な種同定手法の1つに、LAMP 法(注1)があります。LAMP 法は特殊な機器類を必要と しないのに加え、DNA の増幅結果を目で見て確かめることができます。また、使用するプライマー(注2)を変え ることにより、色々な二枚貝を検出することが可能です。

(注1)LAMP法:簡便な遺伝子増幅法の1つ。DNAを一本鎖にすることなく、一定の温度下でDNAを増幅することができる。
(注2)プライマー:DNAの複製に必要なDNA断片。新しいDNA鎖が伸長する際の起点となる。

2. 見える化して調べる

 肉眼で見えない小さな微生物や、夜間しか行動しない普段見られない生物でも、生化学的手 法や撮影などの手段を用いて見える化することでその多様性を調べることができます。

細菌群集の分解機能

 細菌同定用に開発された市販の BIOLOG プレート(注3)を利用して、 細菌群集が分解できる有機物の種類と、分解機能の強さを見える化して調べることができます。

(注3)BIOLOGプレート:細菌同定用に開発された試験キットで、複数個の穴が空いている。 各穴には試薬や基礎培地とともに有機物が1種類ずつ添加されており、 細菌がそれらの有機物を利用して生育できるかどうかを調べることができる。

カメラ撮影で調べる水生生物の多様性

 デジタルカメラやビデオカメラを干潟や藻場などに設置し、撮影することで、 その場所に来遊する魚類などの大型生物を、採集によらない方法で調査することができます。 希少水生生物の生息の有無や、食害を引き起こす原因種を調べることも可能です。

3. 生物の多様性を評価する

 生物がどのくらい多様に存在するかを評価する指標は色々あります。各指標の特色を理解し、 目的にあった指標で評価することが大切です。

用いる指標によって多様度を示す指数は異なる

 「シャノンの指数」(注4)は各種の相対的な比率を反映するため、密度が高くても低くても、相対的な頻度が同 じであれば指数の値は同じになります。一方、「森下の繁栄度指数」(注5)を用いた場合、多様度と密度の両方を 加味した指数を算出することができます。

(注4)シャノンの指数:生物多様性を示す指数の1つ。 群集内の種数が多く、さらに群集内で各種が同程度の個体数を占めている場合に高い値を示す。
(注5)森下の繁栄度指数:生物多様性と豊かさを示す指標の1つ。 群集内の種数が多く、各種が同程度の個体数で、全体の個体数が多いと高い値を示す。

生物相調査から群集の特徴や変化をとらえる

 算出した多様度指数は、経時変化のモニタリングや群集間の比較、指数間の比較に用いることができ、そ こから生物群集の特徴や変化をとらえることができます。

4. 漁場の生物量を評価する

 漁場の評価を行う場合、生物多様性だけでなく生物量の観点からも評価を行うことが重要と考えられます。 漁場の生物量との関係性が認められる指標もいくつか見つかりました。

生物量の簡便な指標① 線虫

 線虫は、メイオベントス(注6)の代表種です。 干潟で調査を行った結果、線虫の分布量がマクロベントス(注7)の分布量と正の相関を示しました。

(注6)メイオベントス:1mm目合のふるいを通過する底生生物の総称。ただし、本調査では目合2mmのふるいを使用して調査した。
(注7)マクロベントス:1mm目合のふるい上に残る底生生物の総称。ただし、本調査では目合2mmのふるいを使用して調査した。

生物量の簡便な指標② 炭素安定同位体比

 アサリの炭素安定同位体比(δ13C 値)を調べることで、その海域の植物プランクトンの豊富さがわかり、 二枚貝類の養殖適地の選定などに役立つと期待されています。

おわりに

 持続的な漁業生産を可能にするためには、漁場環境及び生物の多様性を表す適切な指標を開発し、 その指標をもとに保全策を講じていくことが重要です。

 また、全国の干潟漁場で生物調査を行った結果からは、生物量と生物多様性との間に負の相関が認められています。 生物の量と多様性との関係性についてはさらに知見を集積して確かめる必要がありますが、 漁場の評価をする際には、生物の量と多様性の両面から評価することが重要と考えられます。

 生物多様性に配慮した漁場のあり方の検討材料として、生物群集を対象とした現場の調査に挑戦してみてはいかがでしょうか。

※採捕する水産動植物の種類や採捕の方法によっては、各都道府県の漁業調整規則により、採捕に許可等が必要な場合があります。

詳細リンク

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